9月までの暑い夏が過ぎたと思えば、涼し過ぎるほどの秋が駆け足でやって来た。
湖北の山々が紅葉で染まる日もそうは遠くない。
10月の初めには琵琶湖の北端、賤ヶ岳上空では「鷹の渡り」を観ることができる。
岐阜県伊吹山上空を通り南へと渡って行く。時には数十羽を超える時もあるが今日は
数羽のハチクマの渡りが確認できた。
昨日はハクチョウの飛来も認した。湖北に冬の到来とともに多くの渡り鳥がやって
来る。
北湖狸(ほっこり)
9月までの暑い夏が過ぎたと思えば、涼し過ぎるほどの秋が駆け足でやって来た。
湖北の山々が紅葉で染まる日もそうは遠くない。
10月の初めには琵琶湖の北端、賤ヶ岳上空では「鷹の渡り」を観ることができる。
岐阜県伊吹山上空を通り南へと渡って行く。時には数十羽を超える時もあるが今日は
数羽のハチクマの渡りが確認できた。
昨日はハクチョウの飛来も認した。湖北に冬の到来とともに多くの渡り鳥がやって
来る。
北湖狸(ほっこり)
大きなマリモのような草姿が非常にユニークなコキア。
滋賀県の箱館山はコキアで有名な場所で、先日訪れたときには
赤く色づき始めていた。
別名「ほうき草」とも言い、これはコキアの形に由来すると
言われている。
またこれは小生も初耳であったが、コキアの種を加熱加工した
秋田県の特産品に「とんぶり」という郷土料理があり、その
プチプチとした食感から「畑のキャビア」と呼ばれている。
カロリーが低いわりに、タンパク質・炭水化物・ビタミン・ミネラル
・食物繊維などをバランス良く含んだ栄養価の高い食べ物であるらしい。
いろんな食べ方があるので、興味のある方は調理に挑戦してみては
いかがでしょうか。
朝晩、ヒンヤリしてきて、今年の夏はそろそろ終わりかなという季節、道端やあぜ道にヒガンバナが咲いていた。
赤いヒガンバナの他にも、気を付けているといろいろな色の花が咲いている。
自然交配によっていろんな色ができるようだ。ヒガンバナには「リコリン」や「ガラタミン」などアルカロイドという有毒成分がすべての部位に含まれている。
特に鱗茎という球根に多く含まれているらしい。
これを利用して、モグラやネズミなどの害を予防するために、畑や田んぼの周りに植えられてきた歴史がある。
畔や土手にたくさん咲いている理由が分かった。
暑さ寒さも彼岸まで・・・・。朝夕めっきり涼しくなりました。
台風一過。空も晴れ渡り、一日遅れて秋彼岸のお墓参り行きました。やはりこの頃なると曼珠沙華が畦道のあちこちに咲いています。彼岸花の別名が曼珠沙華です。面白い事に花の咲く時期に葉っぱをつけません。
花が枯れた後ににょきにょきと葉が出てきます。葉と花が同時につかない事から「葉見ず花見ず」と言われているそうです。ちょっと寂しい花ですが、この時期の里には欠かせない花ですね。
(mayo)
梅雨の雨模様が7月下旬までずれ込んだり、秋の涼風を望んでいるのに
30度を超える猛暑が続いたりと今年も季節の移り変わりが
異常になって来ているように感じる。また、つい最近には大型で強い台風14号が
日本列島に襲来して、九州や四国等で甚大な被害が発生している。
近畿地方には19日の深夜に最接近するので暴風や大雨に注意するように
呼びかけがあったが、何事もなく通り過ぎたのでホッとしたことであった。
これからも異常気象で何が起こるか判らないが、今までにない体験をすることなく
安寧無事に日々が過ぎていくのを願うばかりである。 M・N
8月に洪水で話題になった長浜市を流れる高時川にコウノトリの集団(8羽)を見つけた。それから通うこと一週間、いつも同じ場所辺りにいる。
それぞれが足環をはめていることから兵庫県の豊岡市から放された個体とも思われる。昭和46年に国内から姿を消し絶滅したコウノトリが豊岡の人たちの長年の努力で見事に蘇った。平成17年から巣立ち始めて今では200羽ほどが飛び交っているという。
びわ湖周辺の田畑や山々には餌となる魚類が多くてはるばるやって来たのだろう。せっかく増えてきたのだから静かに見守ることと鳥たちが住み易い環境を提供したいものです。
北湖狸(ほっこり)
今年の3月に母親が99歳で天寿を全うし、今年初盆を迎えた。
お盆の行事も一段落した8月23日、杣の六地蔵にお参りし、
回向をしてもらった。
杣の六地蔵参りは、初盆を迎えた家が、六ケ所の地蔵
様にお参りし、亡くなった人を偲んで回向する行事で、
甲賀市の主に杣川流域の地域に古くから伝わる行事である。
杣の六地蔵とは、1番は甲南町寺庄の六角堂、2番は
甲南町新治の善願寺、3番は甲南町深川の地蔵堂、4番は
水口町牛飼の地蔵堂、5番は水口町三大寺の円光寺、6番は
水口町貴生川の宝泉寺の6か所である。
杣の六地蔵の由来は、792年、比叡山に天台宗を開いた伝教大師の
時代に遡る。比叡山に根本中堂を建立しようとしてその
用材を杣川流域の地に求めたところ、巨木が轟音と共に
倒れ、恐れおののくなか、伝教大師が自らこの巨木から6体の
地蔵尊を彫り、お祀りしたのが最初と伝わる。
江戸時代になって六地蔵参りとして盛んにお参りされることに
なったと伝わる。
初盆の締めの行事にふさわしい一日となった。
kim