江戸時代、旧東海道では箱根と並んで鈴鹿峠が難所でした。
鈴鹿山脈の中で標高の最も低い峠が鈴鹿峠になります。
とはいえ、鉄道は急勾配を回避するため、遠回りして、
柘植から加太越えを経て亀山へ抜けるルートで建設されています。
国道1号線も片側2車線を確保するため、登りルートを
別の場所に新設し、旧ルートを下り専用に使っています。
昔の旧東海道は国道の間の深い森の中をジグザグに進み、
峠を越えていました。三重県側は急峻な登り道ですが滋賀県側は
なだらかな茶畑の丘陵地を土山宿へと下っていきます。
峠を挟んだ両側で周囲の景色が劇的に変わります。
新名神高速道路も同じ理由でこの場所を横切っています。
鈴鹿峠はこれからも交通の要衝であり続けると思います。(ふ)
