2022年1月28日金曜日

三島池のマガモ

 


 

116日(晴れ)

冬の伊吹山を撮影したくて、米原市にある三島池を訪れました。この日の外気温度は低く池半分は薄氷で覆われていました。                                                 三島池の鴨について説明が記された「看板」がありました。

1957年地元の大東中学校科学クラブが三島池でマガモの自然繁殖を発見し、マガモの自然繫殖南限地を確定しました。生物分布上貴重な発見となり、県指定天然記念物に指定されました。三島池のマガモは、例年5月上旬に産卵を始め鶏卵大の卵を毎日1個ずつ産み1013個産卵します。約4週間でふ化。成長したマガモは、首を水中に突っ込み、尾を水上に出して、水底の水草などを食べます。・・・・』とありました。

 私の目の前の「薄氷」の上に鴨が飛んで来て、飛び立つ瞬間の一枚。感動の撮影です。空あおあおと冬の伊吹山は聳えていました。ハッピーな一日となりました。



mayo

 

2022年1月27日木曜日

三上山初登山

令和4年正月気分を引き締めるため、三上山へ登ることにした。

今回はいつも行く、正面の表登山道ではなく、花緑公園から登頂を目指した。

ロッジを通り抜け、先日の雪がまだ残っている山道を山頂目指して直登ルートを

登る。正月以来、運動らしいものは何一つやってこなかったので、ねん挫しないように

杖を拾って慎重に登った。 自然の中に溶け込んで、のんびり歩くのは久しぶりだ。

急坂なので、息が切れないよう

ゆっくり登った。

いつもより時間がかかったが山頂に

立った達成感は格別で、三上神社

奥社に新しい年の無事を祈った。

天気が良かったので、山頂から

下界の景色を十分堪能して、元の道を下山した。 

この程度のハイキングが今の自分の体力には

ぴったりだと感じる。

さあ、今年も1年がんばろう。







2022年1月24日月曜日

令和4年(2022)はどんな年??

 令和4年が明けて早くも20日を過ぎようとしている。

令和4年は一般的に寅年と言われているが、正確には

壬寅(みずのえとら)だそうだ。

すなわち「十干」と「十二支」の組み合わせで表すのが

正しいらしい。この「みずのえとら」は60年に一度の

組み合わせだそうで、「新しく立ち上がること」や

「生まれたものが成長する」と縁起の良い年だそうだ。

いまだオミクロン株拡大の真っ最中でつらい生活が

続いているが、この先には新たな習慣に基づいた

生活が待っているのかな?ぜひ期待したい。

今年もよろしくお願いします!


kim 

2022年1月17日月曜日

新年を迎えて

 年末から正月にかけてコロナ禍も収まっていたので、実に三年ぶりに初詣をしました。

1月3日の快晴に誘われて栗東駅界隈を30分ほど散策しながら、大宝神社に

お参りしました。ところが正月三が日が過ぎる頃からオミクロン株の感染が

拡大し始め、あっという間に過去最多とか二番目とか、第6波突入とか

大きな話題になってきました。

日常生活は、異常事態の頃とそれほど変わっていないのに、何が原因でこんな事態に

なるのか理解に苦しみます。

今年も新年早々から波乱の幕開けとなりました。 M・N

2021年12月27日月曜日

年の終わりに     12月27日

 今年も残すところ数日となりましたが、コロナ禍はまだ収まらず、

新型変異株「オミクロン株」の感染拡大が懸念されるところです。

外出を控え、マスクを着用しながら動き回るのも、近所を散策するのが

関の山という生活が2年間も続くと、これがすっかり日常化しました。

従来のように全国の観光地や仏塔を駆け巡ったり、京都や大阪に好きな音楽家の

コンサートやミュージカルを観に行ったりするのは、夢のまた夢になったのでしょうか。

何はともあれ、本日がことし最後の更新作業となりました。

どうか皆様には、よいお年をお迎えください。   M・N

2021年12月23日木曜日

何とか1年経過しました。

 HP更新に取り組んで1年が経過しました。

まだまだ毎月の更新をこなすので精一杯の状態です。反省ばかりで、

なかなか自分で満足の得られるものが作れていません。

多分来年もいろいろ試しながら、やっていくことになりそうです。

温かく見守っていただけると有難いです。

1年間お付き合いいただき、

ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。

皆さま、よい年をお迎えください。(ふ)

2021年12月17日金曜日

甲賀になぜ忍者が誕生したのか?

  今年、忍者検定の中級を受験したが、不合格となってしまった。

来年こそリベンジしようと、今からコツコツ学習を継続している。

その中でも、なぜ甲賀に忍者が誕生したのか、についての記述が

あったのでここに引用して置く。今回の動画の中にも述べたが、

主要な要因は以下の4つと言われる。

1.都に近く、大陸や東国との交通の要所であり、住民の意識が高かった。

2.仏教全盛期に比叡山を始め東大寺などの主要寺院の荘園があり、

  飯道山を中心に山岳仏教のメッカとなった。

3.飯道山は薬草の宝庫であり渡来人も多く住み、稲作、製鉄、火薬、

  製薬技術に長けていた。

4.甲賀郡中惣を中心とした自治の意識が高かった。

などが挙げられる。

 しかし本当に忍者が活躍したのは約100年間と言われ、この間に歴史を

動かす裏方として力を発揮していたのだが、忍者という役目柄、記録を

残さないのが本来の姿であり、当時の本当のの姿を文献から確認できない

のが残念だ。

 来年こそ中級合格するぞ!!


kim