2026年9月28日月曜日

東海道 逢坂山の歴史

 今回は旧東海道 逢坂の関 界隈を散策しました。

江戸時代、峠越えの荷物を運ぶ牛車のために大津宿から京都三条大橋までの間

轍を刻み込んだ石畳の専用道が敷かれていたことが判りました。

おそらく街道筋ではここだけではなかったかと思います。

荷物の通行量が多く、峠道で雨の時など難渋していたためと思われます。

明治になってすぐに京都大津間に鉄道が建設されましたが、当時鉄道用の

長大トンネルを掘る技術がなかったので、できるだけ短くするため逢坂山に

664mのトンネルを建設、建設に当たっては生野銀山の鉱夫が工事に従事しました。

トンネルは輸送力増強のため、20年後に複線化、

さらに新線が2325mの新逢坂山トンネルと1931mの東山トンネルの開削により、

スイッチバックや迂回運転せずに京都への直通運転が可能になりました。

その後、旧東海道線の廃線後は国道1号、名神高速道路などに転用され、

今日のような姿になっています。逢坂山界隈は昔も今も、交通の要衝です。(ふ)