今から5000年も前、縄文時代の中期、信濃川流域を中心に
火焔式土器が作られていたらしい。
すごい迫力の土器ではあるが、芸術品として作られていたわけではなく
日常の煮炊きに用いられた生活用具であったのだろう。
なぜ、わざわざこんな派手な邪魔にすらなる突起をたくさん取り付けたのか、
そのころの暮らし方について想像をめぐらす。
おそらく、明日の食糧にも事欠く、赤貧の生活をしていたわけでなく、
コロナのような病魔と闘う日々でもなく
それなりに豊かな営みの中に生活していた
からこそ、生まれてきたものではない
だろうかと考えてみた。(ふ)